Intrapreneur Marketing Note

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サービスのコアバリューの書き換えは、価値をデフレさせる

グルーポンの甘酸っぱい思い出

LINE Payが、利用者の確保を狙って、友達に送金すると、マクドナルドやローソンの利用券がもらえるキャンペーンを実施している。他にもドコモやソフトバンクKDDIなどの通信キャリアも同様な施策を打ち出し、ユーザーの囲い込みに努めている。

これを見て、ものすごく甘酸っぱい記憶が思い出された。7-8年ほど前、米国発のグルーポン(日本では共同購入とかフラッシュマーケティングとか呼ばれていた)が日本を席巻していた。当時、日系のネット企業に勤めていた私も、漏れなくこの旋風に乗っかることになり、いわゆるクローンサービスの企画開発に携わったのだ。

米国の大資本を背景に、グルーポンは、日系のクローンサービスを買収したりしながら日本市場を攻めに攻めてきた。当然、オンラインのマーケティングもかなりのやり込みようだった。信じられないかもしれないが、当時の日本のGoogleリスティング広告SEM)は、ほぼグルーポンに買い占められていたような時期があった。

例えば、ひらがなの「あ」とか、単体では意味を成さないワードまで入札がなされていた記憶がある。とにかくありとあらゆる検索クエリを買い漁っていた。

検索クエリを買占めるだけで満足できなくなった彼らは、皆が欲しがる各種の金券(例えば、ハーゲンダッツのギフト券だったり、マクドナルドのギフト券だった)を通常の半額以下で買えるといった特別な商品(ディール)をフックにして、利用者の拡大に走った。確か、米国では、グルーポンが、Gapの金券を売り出して、当時のギネス記録を作った記憶がある。そう、これが冒頭のLINE Payのキャンペーンの話に繋がってくる。

日本でもクローンサービスの各社も含め、多種多様な金券をベースとしたディールを投入したので、一時はネット上で、どこのサイトで何が売りに出されるかが話題になっていたものだ。

サービスは一気に盛り下がっていった

その後、グルーポンサービスは、一気に下火になった。伝説となっている「おせち事件」があったことも影響しているだろう。

uranaru.jp

ただ、一番の原因は、そのグルーポン的なサービス自体で享受できる価値が、デフレしたことにあると思う。グルーポンが駆け出しの頃、売りに出される「ディール」は、毎日1つだった。そのディールは、本当に価値があるもので、売り出し枚数も少なくて、販売開始の時刻になると、サイトを更新して待っていたものだ。例えば、通常だったら1万円を優に超すような高級なレストランが、条件付きではあるが、半額で購入できたのだ。

ところが、競争が激しくなる中で、グルーポンは、売上重視に舵を切ったように思えた。その後、 グルーポンはIPOすることになるのだが、すでにIPOを前提として経営していたようで、事業拡大の路線を止めることはなかった。

その結果、毎日1つだったディールは、気が付いたら無限に掲載できるようになっていて、どうでもいい商品が販売されている状態に陥った。24時間以内とかの販売時間制限も、売り出し枚数の制限もみんな無くなっていた。結果、グルーポンサービス自体が持っていた全ての提供価値がデフレした。下手すると無くなっていた。

グルーポンの動きに追随するしかない日系のクローンサービスも同様にサービスを変質させた。その結果、どこでも手に入りそうな商品が、なんとなく半額で買える激安ECサイトに成り下がってしまって、日本でもグルーポンサービスは下火になっていったように思える。それなら、Amazonでも楽天でもいいやと。

Grouponの株価は、IPO時の価格を超えられずに低迷している

finance.yahoo.com

クーポン文化を本気で定義し直す気概をニュースアプリは持てていない

ちょうど最近だと、スマニューとグノシーがクーポンタブをそれぞれに実装しているのは興味深い。スマニューは先行していて彼らには「精神」があり、グノシーがコピーキャットだから「精神」が無いとか言われたりもする。

note.mu

あの当時を過ごした自分からすれば、「クーポン自体が持つ従来の価値=コアバリューが大きく変わるわけでは無いから、アグリゲートプレイヤーが紙からネット、ネットからアプリに変わるくらいでは、大したインパクトはない」と思う。

UIとUXはコアバリューを演出する所詮は装置だ。だから、ニュースアプリは、古くからアルアグリゲーター型サービスの一つのままであり、「ライフスタイルチェンジャー」にはならない。

毎日のユーザーリーチの接点を、スマニューとグノシーのどちらが多く取るかの場所取りくらいしかできないわけで、グノシーが後発で恥も書き棄て、コピーキャットを投入してくるのは常套手段として理解できる。ただ、そこに、真の変革への気概は無いので、ホットペッパーが全国でフリーペーパーとして流通したときや、グルーポンが登場した当時の衝撃を超えることは到底出来ない。

プロモーションを先行しすぎると、ユーザー離れに繋がりやすい

グルーポンを思い出すと、事業が立ち上がった直後に、サービスのコアバリューを維持するための様々な準備(インフラ基盤、人事制度、営業戦術)が整わずに、一気にスケールアップを狙ってIPOに向かうと、その実現を優先するため、コアバリュー自体を自分自身で書き換えてしまうという自己矛盾を引き起こすことに気が付かされる。

これによって、グルーポンはサービスの価値をデフレさせてしまい、ユーザー離れを引き起こしてしまった。

さらには、IPOゴールとした場合に、利用者数の拡大という命題だけは残るので、プロモーション/広告&販売管理費に多額の投資を行っていた。利用者を一時的に集めることは出来たかもしれないけど、その時点で、コアバリューは変質していたから、当初、経営陣が期待していたLTVやリテンションには結局ならなかったんじゃないかと想像している。

サービスの成熟を待って、プロモーションを実行に移すのは勇気がいる。市場は競争相手がいるわけで、誰かが先行してしまうかもしれないからだ。けれども、今思うのは、未成熟な状態で、プロモーションしたり営業を拡大しすぎるのは、良策とは思えないし、一番最悪なのは、その急ぎの戦術を正当化するために、事業戦略やコアバリュー自体を書き換えてしまうのは避けたほうがよいということだろう。

私も、LINE Payのアカウントは持っているけれど、使ったことは無い。実施中のキャンペーンでは、10円を友達に送金すると、何かしらの利用券がもらえるのだけど、送金できること自体の価値が高くなければ、継続して使うことにはならない。

同様のキャンペーンは、他の事業者でも見受けられる。

trafficnews.jp

何でもかんでも「無料」にすれば、それが価値になると考えているかもしれないけれど、それは「付加」価値なので、一番のコアバリューをどこにして強化するかが重要なのだ。

AlipayやWechat Payのような金融サービスの付加価値を、LINEがどのスピード感で投入できるのかが、決済アプリの命運を握っていると思うから、楽しみに待つことにする。

www.technologyreview.jp

thebridge.jp

(2020/2/5追記)案の上、Origamiが墜ちた

あらかた予想通りだったけど、中身のないサービスは続かない。

メルカリへのオリガミ売却価格は1株1円、事実上の経営破綻で社員9割リストラ(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース

これはビジネス上の真理でしかないのだ。

中身は無くてもM&Aでの売却を狙うのであれば、サービスは旬の手前になければならない。競合が参入してくる中で、本来は売却したかった相手たちが思った以上に本気で資本と人的リソースを投下してきたのは、Origamiにとっては誤算だったと思う。

グルーポン戦争に関わったスタートアップ経験者が、Origamiの社内にいなかったのか、今となっては分からないけど、コントロールできた終末点だったことが悔やまれる。

メルカリの19年7~12月期、最終赤字が141億円に拡大 メルペイへの先行投資がかさむ(ねとらぼ) - Yahoo!ニュース

そして、危険な足音は、メルカリにも忍び寄っている。本業のイノベーションや事業拡大を疎かにして、シナジーが全くない決済事業に踏み込んでしまった。撤退のタイミングを逸しつつあるのは、DeNAGREEが北米事業にのめり込んでいった状況と非常に似ている。なんの因果かわからないけど、偶然にも、メルペイの社長は、当時GREEで海外市場に切り込んでいった青柳氏であるのも興味深い。

もしもメルカリが、メルカリであり続けたければ、今すぐにコアバリューへ向き合うべきだろう。少なくとも、投資家目線で言えば、上場後のメルカリの戦略と実行された戦術で納得感があるものは無かった。損切りは早いに越したことはないのだから。